上質人生大学

特別講座レポート

2009年7月
こころ滴る
満仲 雄二 (みつなか ゆうじ) 先生

 

 

i-mitunaka.jpg講師プロフィール

 

満仲 雄二(みつなか ゆうじ)先生

1970年代、イタリアで東西文化のアイデンティティ統合を目指し、結果、以心伝心をテーマとする。その後、熊野玉置山に 「自然の理」 を学び、環文化計画として事業が循環する 「環の仕組み」 による以心伝心システムを提案、開発。

21世紀型循環社会実現への統合的経営意識やコンサルティングの指導を実施。「熊野塾」 の公開講座や千利休物語 「花は野にあるように」 公演プロデュース等、多岐に渡る活動を実施している。

 

 

 

 

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090622_mitunaka_01.jpg「みなさん、こんにちは」 満仲先生が会場のみなさんに挨拶をされました。

「今回は “こころ滴る” というテーマで心のあり方を考察してみたいと思います」 

 

 「夏間近な時期ですが、この季節を表現するにピッタリの言葉として “夏山蒼翠(そうすい)にして滴るがごとく” というものがあります。この言葉には “潤いの創造” というべきエッセンスが含まれていることを覚えておいてください」

 

 

 

 

 

 「今回のテーマ、「滴る=水」の循環を表す言葉として “滴” “清” “潤” “洸” “泌” “洵” を挙げてみました。

山に雨水が降り注げば、やがて滴(しずく)となって流れ出すは自然の摂理です。 “滴” は「氵(さんずい)」に「啇」の組み合わせですが、「啇」は「敵」の一部を構成する文字であることから「相手を打つ」の意となります。「氵(=雨)」が「啇(=敵)」 を打つ。夏の雨に潜む激しさがここに表されています」

 

「一粒一粒の滴はやがて “清” ~清流となります。「清」は「氵(=雨)」に「青」の組み合わせですが、「青葉」という言葉があるように、古来より日本人は緑を青と表していました。「青」は「生」と「丹」という文字が上下に組み合わさって出来た言葉で、丹は赤、つまり血を意味し、二つが組み合わさることで「血が生きている」となり「青で汚れなき=清流」と読めるのです」

 

090622_mitunaka_02.jpg「清い流れは大地を “潤” します。潤には「染み出ている」の意味があり「閏(うるう)」に「氵」が組み合わさって「潤う(うるおう)」となっています。

「利益→早い」ですが「利潤→長い時間がかかる」ことから「潤」にはゆっくりととした時間の流れが内包されています」

 

「清流の水面が光る現象を “洸” といい、太陽の「光」に「氵」が組み合わさって「洸」になります。これは水に反射した煌びやかな光を表し、太陽と水との協力に生み出されるところから「よき関係の持続」を意味します」

 

「キラキラと輝く洸を放つ清流は、流れの先々で “泌(しみる・にじむ)” ことによって大地に還元されます。まさに「潤い」そのものです」

 

「泌み込んだ水は、いつしか大河となり海となって “洵(うずまき)” ます。動きは生命そのものの賜物です。洵く(うずまく)水はやがて蒸発の過程を経て大気へと還元され、再び雨に姿を変えて新たな「滴」への物語を始めるのです」

 

 

 

 

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090622_mitunaka_03.jpg「冒頭で申し上げた「夏山蒼翠(そうすい)にして滴るがごとく」の「蒼翠(そうすい)」には青緑色の意味があることから、樹木が茂っていることを表す言葉となりました。

夏の山は樹木が生い茂り生命に満ち溢れています。その山の樹木達の間を巡る水があってこそ初めて “潤いの創造” が実現するのです。

水には無限の可能性があり、私たちはその特徴から大切なことを学ぶことが出来ます。

 

     自ら活動して他を動かしむるは水なり

     常に己の進路を求めて止まざるは水なり

     障害に合い、激しくその勢力を百倍し得るは水なり

     自ら潔うして他の汚れを洗い、清濁併せ容るの量あるは水なり

     洋々として大洋を充し発しては蒸気となり雲となり雨となり雪と変じ霰(あられ)と化し、凝っては玲瓏たる鏡となり而も基性を失はざるは水なり

 

 これらは常に変化する水の本質を言い表していますが、同時に生命(=変化)に通ずる本質でもあるのです」

 

 

 

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090622_mitunaka_04.jpgゆっくり且つ分かりやすく、そして時折、笑顔を交えながら “潤いの大切さ” を話される満仲先生。今回の講座を下記のお話にて締めくくられました。

「残念ながら、現代が潤いを置き忘れた時代であることを否定することはできません。例えば自宅のマンションのエントランスに置かれていた植木の土が乾いていることに気付いた人が居たとしましょう。土が乾いているならば、その場で水をあげればいいだけの話なのですが、「メンテナンス会社は何をしているのか」と考えるのならば、その人は生命との関わりが分からない人間だといえるでしょう。

乾いた土に必要なのは水であり、クレームではないはず。生命との関わりを肌で感じることが出来なければ本当に大切なことが分からず、結果、対応や行動に狂いが生じてしまいます。

上記の例を突き詰めれば「メンテナンス会社が水やりの対応をしないのなら、生花よりも造花でいいじゃないか」と考え、そのうち「癒しなど必要なし。手間のかからない造花にすべき」となるのです。

生命の大切さよりも利便性に心を奪われたその姿は、本質を見誤り、殺伐とした心の有り様そのものに他なりません」

 

「美しき種を蒔きましょう。他人から「あの人のそばに居たい」と思ってもらえるような潤いのある人になりましょう。

“心の潤い” に至る鍵は “夏山蒼翠(そうすい)にして滴るがごとく” 根っこを循環する生命の連鎖に隠されているのです」

 

 

 

 

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