上質人生大学

特別講座レポート

2008年9月
口伝の神事に隠された日本人のル-ツ
片山公壽(かたやま こうじゅ) 先生

今回の上質人生大学公開講座は 「 口伝の神事に隠された日本人のル-ツ 」 です。

 日本人のル-ツは大きく三つのル-ツに分けられるといいます。

 一つは近畿地方にも多数いた土着のアイヌ系、もう一つは南方からきた出雲系、そして熊襲(くまそ) ・隼人(はやと) の一族であります。

  かつて巻向の郷において、日本古来の土着の民、山の民、国造家の下々にいたる者にまで心配りした三輪の山の王、大物主命(おおものぬしのみこと) に仕えていたのが物部(もののべ) 一族。
  その長、邇藝速日命(にぎはやひのみこと) は、娘の宇摩志麻遅命(うましまじのみこと) に賀茂の君としてその地を治め、さらには大王家の新しい当主となるであろう神倭伊波禮毘古命(かむやまといわれひこのみこと) いわゆる神武天皇と国造家が争うことのないよう遺言し、日向の国に迎わしめたのですが、これを知った忠実な家臣、登美能那珂須泥毘古(とみのなかすねひこ) いわゆる長脛彦(ながすねひこ) がこれに大反対し、大王家の東征軍を殲滅しようとしました…

 葛城神道極秘伝にある最古の記録 「大日如来海底鑁(ばん)字」 では、葛城山は金剛山であり、明治の廃仏毀釈令によって焼却された 「古事記聞書伝」 に書かれている 「神話創設の地」 とされています。

 また、太古における塔婆の裏面に書かれた鑁字が東の地の果てに横たわり、この海底鑁字状の大地はやがて地上に隆起し、富士火山帯を軸として蜻蛉(とんぼ) のような形となりました。

 これが日本列島で、秋津島といわれる所以でありますが、明治期まで伝承されてきた貴重な文献は、残念ながら 廃仏毀釈 令によりそのほとんどが失われてしまいました。

 しかし、口伝で 受け継がれたものは、伝承者が存続する限り滅びることはありません。そこで今回は 上質人生大学公開講座 において、日本最後の神祇師である 片山 公壽 先生に日本人のルーツ、及び神事としての折り紙について語っていただくことになりました。


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片山 公壽(かたやま こうじゅ) 先生


  伊勢古流神事宝燈護法行者。西大寺菩薩流古神道神祇師。また高野山御流神道神事を継承する日本最後の神祇師。


  終戦直前、爆心に近い広島の病院で被爆、一命をとりとめたものの原爆症に苦しみながら博覧強記の記憶術とこれを残すための記録術を身につけた。古代から師匠から直弟子へと受け継がれる両部神道の伝統作法はすべて口伝(くでん)。これを暗記するため難行、苦行をへて求聞持(ぐもんじ)法を修得するのが通例である。

  古代折り紙の継承者としても知られるが、神事として始まった折り紙は、折り鶴だけで230通り、御幣は1700通り、礼法は3000通りにも達する。これを再現する腕前も、もちろん”折り紙付き”

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 「みなさん、こんにちは」  会場の皆さんに挨拶をされた 片山 先生。人懐っこい笑顔で参加者の顔を確かめ、次のようにおっしゃいました。



 「今日では随分といい加減な学説が飛び交いつつ日本人の発祥がとやかく論議されていますが、そのほとんどの場合、真実性というものがありません。それは明治維新の際、 廃仏毀釈令によって由緒ある両部神道を破壊した結果であります。
  また、巷では我が大和民族がイスラムやキリストの流れを汲むような話しもありますが、それらが全くの荒唐無稽であることも含めて、これから色々とご説明差し上げたいと思います」


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 「日本古来の道は、天地自然界に対する畏敬の念から始まりました。その後、仏教伝来が起こり、新しく広大な寺院を建立するにあたって適当な土地がないなどの理由から神の座す社(やしろ)に目をつけ、神を佛の下につけたという経緯があります。

  さらに、元々は神事一体の考えから 「祀り」 も 「政り」 も全て女性が行っていたものを、最初の神仏分離によって大和朝廷が祭祀権と政治を分離しました。

 その後、伊勢の地に神々の永久に座す宮代を建立し、しばらくは女性上位の立場が守られはしましたが、やがて男性による女性の絶対的な神事権の剥奪が生じ、武家の社会を迎えて富める人、貧しき人といった格差が生じ、それが虐げられた人々の結束を生み、これに目を向けた権力者が人々を巧みに扇動したのが幕末であります。

 その結果、人はあらぬ方向へと仕向けられ、往時の神を恐れ敬う心を失いました」 


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ここで一息つかれた片山先生は、さらに神事について語られました。


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 「神事と一口で言いますが、古においては 「カムコト」 が、神を司るための祭式、一方 「カムワザ」 は、神の不可思議な力でしかできない神事を意味します」

 「ここでいう神は、実は2種類あり、ひとつは中国における神、もうひとつは日本古来の神です。中国の神は彼の地の漢字を見れば一目瞭然ですが、示偏(しめすへん)に申の組み合わせとなっています。 “示” は神の意向を表し、“申” は天に鳴り轟く雷を表しますので、自然界の猛威に恐れおののいた人々が神を祭ったのであります。尚、“祭” は、神威の恐れおののく人が、血の滴る獣の生贄を祭壇に捧げたる様を表しています 。
 その一方、わが国の漢字は天地自然界の恐れに対し、先祖の霊魂が眠る深い山の湿地に生息する蛇(巳)を神として “祀” ったのであります。ですから神事に “祭” の文字は使わず、あくまでも “祀(まつり)” と表記しているのです」

 「明治時代までの神道は、常に正しい神の教えをひたすら守る渡会(わたらい)神道、出雲神道、葛木神道でした。
  かつて大王家が地の果てまで追い詰め抹殺を図ったのが出雲神祇族でありますが、彼らが書き残した文献は、役行者(えんのぎょうじゃ)の書いた葛木秘文書、古事記聞書傳(さきがきでん)、風土記(ふどき)など数多くあります。
  その出雲神祇族が特に知恵を絞って書き残したのが “古事記” で、原文そのものは闇の中に消滅しましたが、何故か葛木に託されており、その残片が南山、天理、林文庫、金澤文庫に残されております」

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 「古事記には神事の全てが書かれています。現在の古事記は、先ず秘められた神事の最初が日本創立の秘話であります。

 海底の揺らめく様子に、葛木・金剛山頂にて国見の観法をしていた出雲神祇師が、思わず 「おおカゲロフよ」 と声に発したとされています。
 日本国は 北なる頭は大雪山、首筋は南部不二(富士)、奥羽山脈が背筋、飛騨山脈が第一の羽、飛騨高地、丹波高地が第二の羽、中国山脈から九州山地を経て屋久島に至るが尻尾であります。よって日本列島は蜻蛉(かげろう)の意であるアキヅ、更に平安時代以降はアキツと呼ばれました。
  遥かなる昔、三十年に一度海底が持ち上がり、やがて陸地となり日本海、琵琶湖、美和湖、河内湖、瀬戸内湖が姿を成し、最初の天孫族が渡来、葛木の地に至り、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)が住まわれたのが葛木二上山であります」

 

 

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 「この頃、神の支配地となったのが和州金剛山、淡路島、日向高千穂、比叡山、そして出雲神祇族が神降ろし致せし東山之峰の五嶽であります。
  やがて秋津島なる大倭なる國に天孫族(てんそんぞく)が入りますと、それまでの土着の神々を神を地を守りし神として、地の神としたのです。その地の神のひとつ、コロボフィックス(コロポックル)は北の雪山を降りて近畿地方まで南下しました。
  それらのことなりは多くのアイヌ語が奈良地方に現存することからも裏づけされます。その他、残存せる風土記に出てくる様々な神々が、次々と天孫一族に統治された結果生まれたのが、最後の国生み神話、大八洲(おおやしま)の成り立ちであります。
 その後、幾つかの種族が出雲神祇族の支流、神武天皇の統一国家のもとに従属されました。


 以上のことにより、我が国における神事は葛木二乗(上)山、出雲神祇の葛木高天山、磯辺の神道山が発祥となり、我が国の俗にいう大和民族は、最終的には大倭葛木の高天原に拠点を持った出雲神祇族ということになりましょう」

 「一方、遠くは西蔵(チベット)の奥地に住まう天孫族、現在のシルクロードを経て最初に渡来し南方の塩土の翁(しおつきのおきな)に導かれた海部一族。これらが合体して大王家となりました。

  彼らが一族の正当性を強力に打ち出すために “古事記” で表そうとするも叶わず、慌てて改訂版として出したのが “日本書紀” であります。それに伴い、大王家に都合の悪しきものは、ことごとく抹殺されました。
  
その後、時代は下り、秘事、神事等は全てが幕末から意図的に国家統一を夢見る者の仕組んだ計画によって、それまでにも虐げられてきた神道をさらに凋落させ、国家神道なる旗印の下に日本太古の秘事をすべて抹殺し、現代に至るのです」

 

 

 0809_katayama_06.jpg ここまで日本人のルーツについてのお話を進められた片山先生は、講座の時間が最後に差し掛かかったのを確かめて、神事に関わる折り紙のお話をしてくださいました。

 「西洋の紙は記録するための道具で、彼の地ではいかに書きやすく保存が効くかに腐心していたようです。一方、日本の紙は神事のために使うとても神聖且つ貴重なもので、神様の寄所となるものでした。
 元々は紙を 3つ折りにし、青竹ではさむなどして神道の祭事に使用していたのですが、それだけでは寂しいので、 木綿(ゆう)という楮(こうぞ)の皮の繊維を蒸して水にさらし、細かく割いて作った糸をつけ、 御幣(ごへい)という 2本の紙垂(しで)を竹または木の幣串に挟んだものを作り、榊(さかき)に垂らすなどして徐々に形式化してゆきました。
 それではここで、紙を折ってつくる紙垂の作り方をお教えいたしましょう」

 このようにおっしゃった片山先生は、壇上から参加者の傍に移り、手元の紙を折りあげて紙垂の作り方を丁寧に解説されました。

 「ポイントは高い山を南とし、東の山裾からの日の出を尊ぶことから南から見た東、すなわち左を尊ぶことをまずご理解下さい。その考えに基づき左から折り始め、次いで右を上に折りあげるのでありますす。
 また、折り型が四角になるは “陰の方”、半分に折るは “陽の方” と呼ばれ、この名称も大切なポイントのひとつです」

  

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0809_katayama_07.jpg このように、日本人のルーツ、及び神事に関わる折り紙の説明を終えた片山先生は、今回の講座を締めくくるにあたり次のように述べられました。

 「絶対的な神を述べよ、といわれれば、それは “天” であります。これすなわち 宇宙すべてを支配する主宰神  天之御中尊命となります」

 「元々の天孫族とは長い時間をかけて大倭葛木においてひとつにまとめ上げられた神の一族なのでありますから、冒頭でも申し上げました通り、中国における神祇族、インドにおける神祇、そしてイスラムの流れやキリストとも全く無関係であることをお伝えして、今回の講座を締めくくらせていただきたいと思います。

  本日は誠にありがとうございました」

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