2003年6月
ツールとしての般若心経・2
石山 陽園 先生
さて今回のバーチャルホロン大学公開講座は、絶好調企画!石山 陽園先生による「ツールとしての般若心経」をお送り致します。
太古の昔に編み出された般若心経が、何故綿々と現在まで伝えられ続けてきたのか…単なる漢字の羅列ではないその隠された真実に、あなたも驚きを隠しきれないハズ!
般若心経のエッセンスを知り、普段の生活に活かす術を知れば、無宗教のあなた(わたし?)にも人間賛歌の持つ絶大なエネルギーに後押しされ、必ずや輝かしい明日への日の出を見ることでしょう!(ちょっと大げさか(笑))
とっ、その前に、今回の講座を担当して頂く石山先生の略歴を申し上げておくことに致しましょう。
【 石山 陽園 先生 】
真言密教の僧侶であり、真言宗 円生寺の住職(enshoji@mac.com)。同時にTA(交流分析)心理療法家でもあります。TAの本場・アメリカでの認定試験に英語でのコミュニケーションを踏まえた上でパス。以後、日本TA界においてトップクラスに位置付けされ、今日に至ります。現在国際TA協会教授。
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さてさて今回も、石山先生の講義は会場にご用意させて頂いた席数がいっぱいとなる盛況ぶり。しかも参加者の男女比率が半々というところに片寄りのない石山先生の人柄が感じられます。 さて、講義開始時間より少し前に壇上に立たれた石山先生は、会場の参加者一人一人に今日の講義を聴きに来た動機などを質問されました。一人一人と和やかに、そして気持ちを噛み締めるように優しく言葉を交わす石山先生。
すでに会場に濃密な時間が流れ始めております…
さてここで、今回の「ツールとしての般若心経」の講義のメインテーマを少し述べておきましょうか。
そのテーマとはズバリ「幸せ」です。日々訪れる不安に惑わされることなく、幸せな毎日を過ごすにはどうすればいいのか?ズバリその秘訣が般若心経には籠められているのですよ!…このことを石山先生は余すことなく伝えてくださいます。
おっと…そうこうしている内に皆さん一通りの自己紹介が終わったようですね。すでに石山先生は、持参された数枚の資料を配布し始めています。そして手に取った資料には般若心経が…
そして石山先生は会場の皆さんに語りかけ始めました。
「さぁ皆さん、私と一緒に般若心経を唱えてみましょう」
手渡された般若心経の漢字全てに「振り仮名」がうたれているので、声を出して読むになんら差し支えはありません。般若心経の講義自体も2回目ということで、参加された皆さんの声もよくまとまっていました。
「いやぁ~、前回と比べて皆さんのお経のあげ方、とても素晴らしかったですねぇ~ところでここ(般若心経)に書かれている意味って何かわかります?(笑)。
漢字だらけでゴチャゴチャ…これって一見難しそうに見えますが、意外に書いてあることは至極単純なんです。いいですか?かいつまんで話せばこうです」
石山先生の屈託のない笑顔に会場全体が引き込まれてゆきます。
「聖なる観音菩薩さんは、この世の心理をついに極めました。だからこそ人は知るべきです。比べようのない真言は、一切の苦しみを取り除いてくれまっせ…と。そして、この最後の部分…
「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦(ぎゃていぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい)」
ココが般若心経一番のミソですな!ココで般若心経が説く全ての結論…「ありがたいなぁ!嬉しいなぁ!ゴールに着いたよ!ホンマにありがとう!」が述べられているのです(笑顔)。
さぁ!早速今日から皆さんも、毎日毎日「ありがたい!ありがたい!」と唱えていきなはれ!そうすれば毎日を幸せに過ごせる事請け合いでっせ!」
石山先生の気取らぬお話しのおかげで、気難しそうなオーラを放っていた手元の般若心経に、なんだか親しみのオーラが湧いて来たような気がします。
「じゃぁ般若心経の真髄はお話したので、これで今日の講義を終わります…って、そんな訳にはいきませんわなぁ~(笑)。今日は時間内で出来るだけたくさんのことを説明するつもりなので、しっかりついてきて下さいね!
冒頭のお話しで般若心経の一番大切な部分をコンパクトに表現してみたのですが、そこはお釈迦様のありがた~い教え、他にも深い意味がた~くさん込められていますので、今からそれらの部分をご説明していきますね(笑)」
「まず、不思議なことを信じれきるかどうかですが…」
さっと会場を見回した石山先生は手前に座っておられた参加者に聞きました。
「あなたは自転車に…乗れますかな?」「えっ?…の、乗れません…」「あちゃ~またえらい人に聞いてしもたがな…(笑)」
今度は別の方に聞きました。
「あなたは自転車に乗れますか?」「ハイ乗れます!」「そうやがな!その答えを待ってたんや(笑)」
まるで落語の高座を聞いているかのようです(笑)
「あなたは明日も自転車に乗ることが出来ると思います?」
「ええ…まぁ(不思議そうに…)」
「そやな!こんなことは当たり前で分かりきったことですよね(笑)…しかし、例えば自分が赤ちゃんだった頃なら、今のように自転車を乗りこなす…などということが果たして出来得たでしょうか?おそらく、歩く事もままならない自分が自転車に乗れるなんて絶対に有り得ない!と考えた事でしょう。
しかし、普通に自転車に乗れるようになった今「自分は明日も自転車に乗れるだろうか?いや、乗れるに違いない!」などと一々寝る前に考えますか?おそらく違うでしょう。そんな事を考えずとも、きっとあなたは同じように自転車に乗れるハズです。このように自分で「当たり前」と信じ切っている「事実」に取り組む人間は本当に無限の力を出してしまうんです。
(ニヤっと笑って会場を見渡し…)さて、あなたには無限の力があります!本当に飛べると信じれば落ちるまでに羽が生えて空を飛ぶことが出来ます!さぁ、この窓から飛んで見ましょう!」
先生が指差した先はビルの5階の窓から見える空…「エッ!?」誰もがちょっと苦笑いです。
「(5秒程の間をおいて)人間はポジティブとネガティブな思考を常にセットで考えますよね…「私は空を飛べる!」「いやいやそんなアホな!(笑)」」
「ここで注目すべきポイントは「ポジティブとネガティブな考えを天秤にかけ、常に物事の良し悪しを決めてしまおうとする癖」にあります。
ところが そんなもん、般若心経の教えによれば全く関係ないんです。ポジティブだろうとネガティブだろうと現在や過去の状況に囚われず、自分の望みを知り、願望に意識の焦点をあてる…するとその願望を叶える方向へ導かれてゆくのです。
人間、飛ぼうと思えば飛べるものです。そこらにいる鳥だって何万年もかかって飛べる能力を身につけてきたじゃありませんか!
これを「果分」といい、般若心経の
「舎利子色不異空空不異色色即是空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色受想行識亦復如是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減(しきそくぜくうどいっさいくやくしゃりししきふいくうくうふいしきしきそくぜくうどいっさいくやくしゃりししきふいくうくうふいしきしきそくぜくうくうそくぜしきじゅそうぎょうしきやくぶにょぜしゃりしぜしょほうくうそうふしょうふめつふくふじょうふぞうふげん)」
の部分で説かれているのです。
「小さい頃、ピーマンが嫌いって言ったら親に怒られたりしませんでしたか?そういう思いが強く残っている人は大人になった今でもピーマンが「あまり好きではない」と言ってしまいがちです。
好きでも嫌いでもなく、あくまでも「あまり好きではない」なんですね。
自分はあんなことを言ったり考えたりしてはダメ、と思ってはいませんか?あなたには「イヤなことはイヤ!」と表現すべき魂の叫びがあるのですよ!
そしてその「イヤなものはイヤ!」の次に来るのが「(私はあなたに)こうして欲しいのです!を伝える事が出来ますか?」となるのですが、このことが
「是故空中無色無受想行識無眼耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死亦無老死尽無苦集滅道(ぜっしんいむしきしょうこうみそくほうむげんかいないしむいしきかいむむみょうやくむむみょうじんないしむろうしやくむろうしじんむくしゅうめつどう)」
の部分に集約されているのです」
「テレビを見るのに難しい理屈は要りません。スイッチを入れて「ガッハッハ」と楽しめばいいのです。それが
「亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無所得故(むちやくむとくいむしょとくこ)」
となり、「パンダを見に動物園に連れてったろか」とお父さんに言われ、子供が「いつ行くのー!!!」と大はしゃぎする様を表したのが
「菩提薩依般若波羅蜜多故心無礙無礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故得阿耨多羅三藐三菩提(ぼだいさつたえはんにゃはらみったこしんむけいげむけいげこむうくふおんりいっさいてんどうむそうくうぎょうねはんさんぜしょぶつえはんにゃはらみったことくあのくたらさんみゃくさんぼだい)」
となるのです。
どういうことかと言えば、家で大はしゃぎした時点ですでに「子供の心は動物園に行っている」という事なんですね。
つまり「心からの願いが叶ったらどんなに素晴らしいだろうか」を感じ取れる事の素晴らしさを表現しているのです。
で、ほんまに動物園に連れて行ったら、子供ってハトを追い掛け回すことに熱中したりするから腹立ちますねんなぁ~
「そんなん、家の近所の公園におるやろ!せっかく来てんから早よパンダ見ろ!パンダ!」ってね(笑)」
「年頃の娘が深夜にこっそり帰宅する。
当然親は「何時やと思てんのー!電話のひとつもしてこんと!このどアホ!ムキーッ!」と怒鳴ります。でもこれでは心配してるとは言えず、むしろ怒ってますわなぁ。
ホンマに心配やったら何も言わんとポロポロ泣いてギュッと抱きしめたったらええねんけど、人間、怒ってる時は怒りが怒りを呼ぶものなんですね。
怒りは自分の限界を作り出し、全ての現象の可能性を見通す展望をなくしてしまいます。
まず、自分が怒っていると認識せねばなりません。このことを般若心経では
故知般若波羅蜜多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜多呪即説呪日(こちはんにゃはらみったぜだいじんしゅぜだいみょうしゅぜむじょうしゅぜむとうどうしゅのうじょいっさいくしんじつふここせつはんにゃはらみったしゅそくせつしゅわっ)」
と言っています 。大切なのは力を抜いて、流れに身を委ねる事なのです。
(ここでニヤっと笑い大きな声で)そこで今回は皆さんにプレゼントを持ってきましたぁ(満面の笑顔)」
なんと石山先生からプレゼントです。
「これは普通の剣山ですが、危なくないように針を金槌で叩き内側に折り込んでいます。皆さんのために私が夜なべしたんやから、ありがたいと思って下さいや~ホンマ(笑)。今日はこれを使って瞑想の練習をしてみたいと思います。
まず頭のてっぺんにこれを載せて下さい。次に普通に息を吸って頭に意識を集め、吐いて尾てい骨(お尻)に意識を下ろします。これを10回行ったら、目を左右にゆっくり5往復、瞼をゆっくり上下に開閉5回をして下さい。
するとあら不思議。呼吸が整い、とてもリラックスすることが出来ます。
「直接身体の力を抜きましょう…」なんてわざとらしい表現を一言もしてへんところがオシャレでしょ~♪(と、会場の皆さんに聞いてみる石山先生(笑))
そしてようやく般若心経の最後の部分(上記)「着いたぁ!着いたぁ!ゴールに着いたぁ!」ですよ。
出来ればここで「本当に手に入った。ありがたい!ありがたい!」を付け足して拝んでくださいね」
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「最初は自分のためより他人のために祈った方がうまく行くケースが多いようです。自分と一緒に他人の幸せも祈ってみて下さい。それでもうまくいかない人は、どんな小さな事でもいいですから、今までの人生においてうまくいったときの事を思い出して拝んでみて下さい。奇跡は必ず起こります!
実践してみたら良いのです。やってみることが大切です。自分の周りにある力があなたに味方します。その力を利用できる!と信じることから全ては始まります。そのためには神仏を利用したらよろしいねん!「神様よろしく頼みます!」ってね。
般若心経は太古の昔から皆が幸せになれると説いています。幸せになれる理屈は誰にも分かりませんが、そんなことはどうでもいいのです。この「万物に宿る奇跡の力」に気付けるかどうか…その一点が自分にとっての幸せを手に入れられるかどうかの分岐点なのだ、という教えを深く心に刻んでくださいね」
「あっ!それから、ひとつ気を付けて頂きたいことがあります。先程ご説明した「頭のてっぺんに物を載せて落ち着く瞑想法」ですが、私、「頭には何を載せて頂いても結構です」とは言いましたが、ドッチボールのような目立つ物を頭に載せて目をキョロキョロ動かす事だけは極力避けて下さいね。
何故って?…だって、万一家族の人に見られたりしたら「ついに頭がおかしくなっちゃった!?」って思われるやないですか…(笑)」
気軽な雰囲気の中で本当に気持ちの良い「体験」や「知識」に触れ合うチャンスなんてそうそうあるものではないですよね。これを機会に好奇心一杯の気持ちを鞄に詰めて、会場まで足をお運び頂ければ幸いと存じます。
スタッフ一同、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。
それでは次回のホロンPBI主催の「 上質人生大学公開講座 」を楽しみにしていて下さいね。楽しいこと、不思議なこと、そしてあなたの人生にちょっとしたエッセンスを加えることが出来ること請け合いです。 どうぞご期待下さい。





