2003年4月
量子力学と心身一如の医学
松田 育三 先生
4月のバーチャルホロン大学公開講座は、松田メディカルのドクター・松田 育三先生による「量子力学と心身一如の医学」をお送り致します。
さて、「量子力学」なんぞと聞けば自分の理解の及ばぬ学問という感じですが、松田先生によれば「すべてのモノゴト」は、これで読み解ける、とのことです。
私たちの周りに存在している物質の最小単位は、現在のところ「素粒子」だと言われており、「素粒子」の正体は「粒」という物質的性質と、「波動」という非物質的性質という相反する性質を同時に持つ存在だと考えられているのです。
現代科学の最先端理論「素粒子論」がやっとの思いで辿り着いた場所が、古の彼方より伝えられし東洋医学・東洋哲学の到達点であったとは…このあたりのお話を「わかり易く、面白く、かつ感動する」松田トークとして、今回お話して頂きましたので、どうぞこのままレポートをお読みください。
【 松田 育三 先生 】
未熟児として生をうけ、子供の頃は虚弱で、学校は欠席がちであった。機械いじりが好きで工学部を志望したが、病弱の為、就職の心配がない様にと、気の進まぬまま京都府立医大に入学をする。
在学中、10数ヶ月を結核にて入院。この間、結核が精神状態と深く関わっていることを体験した。
卒業後、消化器内科を専攻。ここでも消化器疾患が心の病気と考えるようになり心身医学の勉強にのめりこむ。
現代の日本の健康保険制度では心身医学で生計を立てることは不可能と知り、臨床医学を去り健康管理を志す。
松下電気健康管理センター、国鉄大阪保健管理所主任医長、(財)日本予防医学協会理事を経て労働衛生コンサルタント松田事務所(S58年)、松田メディカル(H.4年)を開設に至る。
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開始時間より早目に会場入りされた松田先生は、同じ頃に会場入りされた参加者の方々とリラックスした雰囲気で移り行く社会情勢についての話に華を咲かせておられました。その雑談盛り上がる中、会場には参加者の方々が続々とやってきます。 そうして半時間ほど経過した頃、ようやく講義を開始する時間が訪れました。
「みなさん、こんにちは!」 快活な声で挨拶をされる松田先生。
「さて、それでは私の話を始めることに致しましょう。(会場を見渡しながら)このまま、椅子に座って話してもいいかな?別に問題ありませんよね…」 先程の雑談そのままのリラックスさです(笑)
「さて…」 松田先生は、再度、会場内の掛け時計で開始時間を確かめてから、ゆっくりと話し始められました。
「人間には「精神力」といったものがあります。額面通り受け取れば「力」なのですが、有名なニュートン力学では定義される事のなかったエネルギーです。いわゆる「古典物理学」では、その存在を推測することすらできなかった代物ですよね。しかし、ここにきて物質の最小構成単位の概念において、「量子力学」という理論が登場した事により、今までの状況は一変してしまいました。
「量子力学」の唱える「素粒子論」において「物質」の究極の姿は「粒」であり、しかも「波動」でもある、と述べられたのです。この概念は、仏教で言うところの 「色」 「空」 そのものだったのですから驚きますよね!
これは、 「粒」の行く末は「物質(色)」となり、「波動」の行く末が「心(空)」となる、と言っているのです。つまり、物質を成す最小単位の状況において、確実に「想念」エネルギーは存在し、その結晶として冒頭で述べた「精神力」が形成されるのだ、と証明している事に他なりません」
「近代科学が、やっとの思いで「心身一体」を証明して見せたのは20世紀後半ですが、この思想そのものが、東洋哲学においては遥か昔から伝えられてきた概念ですからね~。
さらに、この概念をさらに掘り下げて解釈すれば、当然「無機質な物質にも心がある」という事に繋がってゆきますから面白いものです。物に愛着をもって接すれば、物はその想いの深さに誠実に応えてくれる…昔から言い伝えられていることですが、その理由もこれでハッキリとさせる事ができますね」
ここで松田先生は、一息ついて、このようにおっしゃいました。
「波動の塊を「命」だとすれば、細胞レベルにおいて波動が調和している状態を「健康」と呼んで差し支えないでしょう。一方、その波動のシンクロが乱れてくれば「そこが病気だ」と、捉えることも可能だと思います。
故に、乱れた波動を正常な状態に戻す…これが治療の主な目的となる訳ですが、そのアプローチの違いにより、西洋医学と東洋医学という2つの大きなグループに別けることができますね。
たとえば西洋医学では波動の乱れた場所を「(場合によっては患部を取り出すなどして、直接)修理する」ことに心血を注ぎ、東洋医学では「(患部に直接触ることなく、乱れた波動を)整える」といった事を最優先させます。
病気を治し、健康体に戻してゆく…といった治療目的は同じでも、西洋医学と東洋医学における「施術の方向性における明確な違い」はどこに存在するのか…そのような根本的疑問にも 「素粒子論」 における 「細胞レベルでの波動の乱れを、どのような方法で元に戻すべきか」 といった観点から眺めてみれば、わりと簡単に説明をつけることが出来ます」
「また、波動の塊は内部に留まるのみ…とは言え切れない部分も出てきます。すなわち、個人固有の波動が外部に溢れ出す、といったケースがそれにあたります。当然、溢れ出した波動はその人の持つ「オーラ」として周囲に感知されることになるでしょう。私には、この感知され、伝わる波動…すなわち「オーラ」こそが「人によって気が合う、合わない」といった、選り好みの識別根拠に繋がっていると思えるのです。
例えば、電車の7人掛けシートに赤の他人が座ると、肩寄せあって7人座ることはなかなか出来ません。どうしても、お互いの肩や肌が触れ合うことを避けてしまうので、5~6人も座れれば良い方です。しかし、恋人同士なら肩を寄せ合うどころか、頬寄せ合って(照れるぅ~)それこそ一人用の椅子にだって二人で座れてしまいます。
この違いは、それぞれが放出している「オーラ」が、同じ空間に存在する個人の間で共鳴するかどうかで決まる、と考えられるのです。友達や恋人同士では、相手の「オーラ」を気に入り、さらに相手の「オーラ」の中に入りたいと願うので、お互いが一緒に居られるのです。これこそ心身一如の好例と言えるでしょう」
「前述の「オーラ」は「想念」と言い換えることができます。この「想念」の集まりはユングの唱えた「集合意識」そのものです。
意識の広がりが人間的成長に繋がる、とは人生を重ねる上でいつも痛感する事ですが、一例を挙げれば、意識の狭い人間にタバコのポイ捨てをいくら注意しても、まったくの無駄骨に終わる、といった事例があります。
これは意識(=想念)の範囲が狭く、自分の内面だけにしか注意が及ばないので、いくら街がタバコの吸殻で汚されようと感心を持つ事ができないのです。しかし、意識が広がってくればそうはいきません。大きくなった意識は自身の内面を超え、街全体にまで広がってゆくのです。その時点で街は自身の内面の一部となり、街を汚すことなどとてもできなくなってゆくのです。
そういう意味では 「意識の到達点は集合意識である」 と言えるかも知れませんね」
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ここで松田先生は、ご自身が闘病生活を送った体験と照らし合わせながら「病気と波動」についての見解を述べられました。
「病気の真っ最中は、誰でも「病気に立ち向かおう」と思います。言い換えれば「病気に取り付かれている状態」です。ところが、病気が直りつつあるときの心理状態はどうでしょう。「治ったら、○○をしよう」などと治癒した後の行動を考えているハズです。
これは、病気の真っ最中には「病気の想念」が優先し、身体が「病気を作り出す波動」になっていると言えるのです。一方、治癒するときは「治る想念」が生まれ「健康体に変化する波動」に身体が包まれている、と見ることができます。
つまり「どのように生きるべきか」をしっかりと考え、自分が素敵に生きていると実感できる波動に包まれていれば、それに馴染まない病気(の波動(=ガンなど))は勝手に身体から出てゆく、といった推移が考えられるのです。
このような考えに至るにあたり、私は医者という立場において、前述のような事例に幾度となく立ち会い、実感してきたのです」
また松田先生には、病気が治る過程において大きな意味を持つと思われる「感謝」の波動エネルギーの重要性についても、色々と述べて頂きました。
「日本人は物だろうと、動物だろうと、あらゆるものに神様が宿っている(八百万の神)と考えてきました。だから「自然」も「人」も全て神様だと思えるのです。つまり「仲間」ですね。
しかし、一神教(一人の絶対神の存在を前提とする)では「自然」や「人間」は神様が作り出したもの、と定義しているので、「自然」と「人間」はあくまでも別箇の存在であり、故に「自然」は「人間」に利用されてよいもの、と考えてしまうのです。
この思想差は「感謝の意を述べる挨拶」にも反映しています。英語の「サンキュー(Thank You)」は文字通り「あなたにありがとう」ですが、日本語の「ありがとう」は、もっと大きな視点で「(私に)ありがたいことが起こりました」と言う意味であり、根本的な感謝の度合いが全く違うのです。つまり、日本語の端々には「宇宙」が入っているという訳です。
会話能力を発達させた人類が、己の言葉から受ける影響には大変大きなものがあります。意識が広がり、感謝の心が命を助けることに繋がってゆく道筋は、言葉の影響の延長線上に存在します。
つまり「集合意識」そのものが健康体であるためには、一人一人の「オーラ」の健全性と感謝する心が必須だという事ですね」
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最後に松田先生は「病気における努力とがんばるの違い」についてお話されました。
「自分が周りの環境を変える為に行う努力(自分自身の問題や現状不満の原因を外部に求め、周りを変える事によって問題解決を図ろうとする事)はやめましょう。そんなエネルギーがあるならば、自分で自分を変える為にがんばりましょう。この行為は自分自身の喜びにダイレクトに繋がってゆきます。
反面、自分自身を変えることは、なかなかに難しいといった点も、また事実です。ですから、もしも取り組むだけのエネルギーを自身で確保できなかった場合は、今のあるがままを上手に使えるように考えてゆきましょう。
たとえば闘病時において、病気を治そうと努力してもなかなか結果が伴わない場合が時々あります。そのような時は先程も申し上げた通り、無理に病気を治そうとは思わずに、治った後の楽しみを考えるようにした方が、逆に治癒率の上がる可能性が高くなります。
病気に取り付かれ、深刻になってはいけません。素粒子のレベルで、いかに健康的な波動を作り出すか。この一点にこそ、治癒へのスタートがかかっているのです」
気軽な雰囲気の中で本当に気持ちの良い「体験」や「知識」に触れ合うチャンスなんてそうそうあるものではないですよね。これを機会に好奇心一杯の気持ちを鞄に詰めて、会場まで足をお運び頂ければ幸いと存じます。
スタッフ一同、皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。
それでは次回のホロンPBI主催の「 上質人生大学公開講座 」を楽しみにしていて下さいね。楽しいこと、不思議なこと、そしてあなたの人生にちょっとしたエッセンスを加えることが出来ること請け合いです。 どうぞご期待下さい。





